演出家G2が「女中たち」の製作現場からお届けする稽古場日誌。
 「3軒茶屋婦人会&G2」の芝居のつくりかたのリポートや、舞台製作の現場を演出家の目から見るとどう写るのか、稽古に励む3人の「婦人」の魅力まで、たっぷりとお届けします。

 

  1月16日(月) 稽古初日

 「BIGGEST BIZ」休演日。でも、私とG2プロデュース・スタッフに休みはない。
なにしろ、今日は「女中たち」の稽古開始だっ!
 午前中、台本を一読して午後稽古場へ。
 稽古場通勤は、先月の「BIGGEST BIZ」の稽古の時に買ったチャリンコを利用。情けない話だが、運動不足のための高血圧解消策のひとつで始めたチャリンコ通勤。やってみると結構楽しい。
 私としては異例の早さで稽古場に15分前に到着。と思ったけれど、ほとんどのスタッフ・キャストが既に揃っていた。うーむ。15分前到着は世間の常識なのね。
 出演者3人というミニマムなカンパニーゆえ、最初の10日間ほどは小ぶりなこの稽古場で過ごす。小ぎれいで、割と町中に近い稽古場だが、全館禁煙ということで、喫煙派の大谷亮介さんと、舞台監督の青木さんは呆然としていた。
 今日は稽古初日ということもあり、台本を一度読み合わせするだけ。実は台本の読み合わせは、昨年末にキャスティングの最終確認として一度やっている。その時はお三人とも探り探りだったけれど(とは言ってもその時も大変に面白かった)今日の読み合わせは断然くっきりと人物像が鮮やかになっている。皆さん読み込んで来られましたねー。
 それにしても面白い! かつてこんなに読み合わせだけで面白い「女中たち」があっただろうか? だって、爆笑だよっ! 文学作品なのに。ジュネなのに。爆笑なんすよ。しかも深い。稽古初日にこれだけ深くていいのか? いや良いんです。もちろん。
もっともっと深く深く、でも、とっつきやすく。わかりやすく。これ今回のテーマね。
 読み合わせ後、衣装の原さんの書いてらしたスケッチを前にああだこうだと意見を交換するカンパニーメンバー。今回は、私と3軒茶屋婦人会の計4人の演出家。「3茶」では、なんでもかんでもとにかく意見交換。でも、そういう「若い」作り方がなにか新鮮。今日も、たったひとつの台詞についての大谷さんの質問に、篠井さんが持論を展開。うなずく深沢さんの視線も熱い。
 前回の「ヴァニティーズ」を数段超える、三人のメンバーの作品への熱意を感じた稽古初日でありました。
 

  1月17日(火) 3軒茶屋婦人会のやり方

 稽古二日目の本日は、テーブル・ディスカッション。
 珍しいです。私が演出のお芝居は滅多にテーブル・ディスカッションをしません。考える前に立つ。立ってみてから考える。っていうのが好きだからです。そして、行動する前に考えることは、実際は役に立たないことが多いと思うから。あと、テーブル・ディスカッションの不必要なストレートな作品が多いかな。そしてなにより、話し合いはしんどいもんです。
 でも、3軒茶屋の稽古場ではテーブル・ディスカッションは楽しい。
 それに、出演者の三人全員が演出家も兼ねる。という形態はこのディスカッションによって運営されています。どういうお芝居にするのか、どういう登場人物像にするのか、登場人物同士はどんな勘違いをし、どう影響されあっているのか? というようなことをとことん、出演者と私の四人で話し合っていきます。そうやって演出方針を決めていくワケですね。ここで四人の考え方や方向性を完全にひとつにまとめてしまう。
 それから、たち始める。
 立ち始めたら、ディスカッションで話し合われたような芝居になっているかということを演出席から見ている私が指摘していく。
 そんな作り方です。3軒茶屋婦人会は。
 で、私の個人的な楽しみは、英介さんの「女性論」を聞くこと。その「女性論」の具体的なお話については……また明日。
 

  1月18日(水) 「女性論」

 本日もテーブル・ディスカッション。
 15分くらいの台本を1回読んで、45分ほど話し合う。
 それの繰り返しです。
 昨日、予告したとおり、このディスカッションの楽しみは、篠井英介さんの「女性論」が聞けること。
 篠井さんによれば、男性でありながら女性を演じようとする女形こそ、女性のことを女性よりもよく知っている。女性が隠したいという女性の汚さも、女形なら自由に演じきることができる。実際、私も演出家として「そんな芝居をすること自体が女性客に嫌われてしまう」という女優の演技への牽制は何かにつけ見てきました。前回の男優三人での「ヴァニティーズ」が面白かったのは、そういう牽制をいっさい取り外して「女性って汚さも含めて面白い」ということをフル・スロットルでお見せできたことじゃないかなって。そう思います。
 そして今回も、そういう面では「女性の汚さの面白さ」が満開になるはず。あの三人が演じると、「女性の汚さ」さえもキュートに笑えるものに見えてくる。話を戻しましょう。英介さんは、シーンのディテールにわたり、どういう女性心理が働いているのかということを解説してくれます。これがホント聞いてて面白い。なるほど。と思う。しかも話し方が上手。懇切丁寧で、絵が浮かびやすい。これにはいつも脱帽、感服です。
 ちなみに、私にはどうも説明不足なところがあり、大谷さんに「?」を浮かべられたりすることが多々あるのですが、そんな時、英介さんは「G2さんが仰ってるのはね、こういうことなのよ」と補足説明をしてくれます。これが上手。と、たちまち大谷さんも「なるほど、わかりました。そういうことですね」となる。そして私はほっとするのですが、時々どうだかなと思うのは、たまに大谷さんが「ナイス・アイディアですね、篠井さん」と言わんばかりな様子でいる時。いやいや、大谷さん、解説は篠井さんですが、アイディアを出したのは私ですよ。と言いたくなりますが、まあ、言いません。面白くて良い作品になるのであれば、経緯なんでどうでも良いのです。
 

  1月19日(木) 立ち稽古開始

 今日はようやく立ち始めました。
 僕は「なんとなく立ってみますか?」と言ってみました。つまり暗に「台本は持ったままで良いですよ」というつもりだったのですが、冒頭シーンに登場する篠井さんと大谷さんはいきなり台本を離してきました。
 その瞬間に私は知りました。「それほどこの台本の台詞を覚えることは難しいのだ。難しいのがわかっているから、一日も早く台本を離そうとするのだ」と。
これは前回の教訓でもあるのでしょう。
 三人しか出ていない芝居イコール、一人分の台詞の量が多い。でも、今回はそれに輪をかけて「長台詞」が多い。掛け合いの中ならば、多少一人がエンジントラブルを起こしても、他の二人が助けてくれる。しかし、ここまで長台詞の多い芝居だと、一人のエンジントラブルは致命傷になりかねない。
 あと立ちはじめてわかることがもうひとつ。長台詞が多いということは、それを聞いている側の役者も難しい。どうリアクションをとっていればいいのか? なぜ、じっとして割り込まずに話を聞いているのか? 手持ちぶさたをどう解消するのか?
 とにかく今日の感想は正直「たいへんな作品に手を出してしまったなあ」ということ。いや、でも障壁は高ければ高いほど、乗り越えた時の感動は大きいもの。このカンパニーなら乗り越えられる。とプラス思考な本日の私。
 

  1月20日(金) ジュネと演出家

 ジャン・ジュネって言う人は面白い。調べる前は、作家でもあり泥棒でもある。泥棒作家。そういうイメージでしたが、エドマンド・ホワイト著「ジュネ伝」なんかを流し読みしておりますと、「小説が書ける泥棒」という表現のほうがあてはまるようです。結局、監獄に入れられてその暇をつぶすために小説を読みまくり、書きまくった人。小説を「人に読まれる」という感覚では書いていなかった。その後、サルトルに見いだされ脚光を浴び、スキャンダラスな作家として一世を風靡するわけですが、これに目をつけたのが、フランスの高名な舞台俳優であり映画スターであり演出家のルイ・ジュヴェ。ジュヴェは、ジュネに四幕もの長さの「女中たち」を一幕ものに、舞台設定も奥様の寝室に変更するように依頼します。ジュネの設定では女中たちは17年もの間奥様に使えていたことになっていますが、ジュヴェはそれを7年という設定に変え、若い女優を抜擢し、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったランバンに衣装デザインを発注し、商業的に成功を収めます。
 作家のジュネとしては、この商業的な成功をちっとも喜んではおらず、何度かの描き直しに対しても不満を抱いていたようなのですが、この「女中たち」の成功は、ジュネにとっても転機となったようで、ジュネの晩年は小説家というよりも戯曲家としての活動がメインとなったほど。
 そういった背景もあってか、この「女中たち」は、文学的なエッセンスと、エンターテインメントとしての要素が巧みにからまってできています。僕は文学的な要素は、台詞の発声という作業だけにまかせて、エンターテインメントな部分の強調をしていこうという毎日です。文学という観点でしかスポットを浴びていないようですが、なんのなんの。とんでもないサスペンス。とんでもなく笑える。そして、押し寄せる切なさは、どちらかっていうと今の日本の若い人にも共感できるものではないかと。今
私は、作家ジュネが忌み嫌った演出家・ジュヴェが乗りうつったかのよう。通ごのみの文学作品ではなく、もっと門戸を広げたエンターテインメント作品として、「女中たち」を昇華させたいのです。
 

  1月21日(土) 衣装採寸と装置打ち合わせ

 本日は稽古後、衣装採寸と装置打ち合わせ。
 衣装の原まさみさんが、縫製前の布地や、有りモノの衣装などを役者さんに巻き付けてゆきます。
 さて、我らが俳優陣は……僕は前回公演で慣れっこになってしまったのですが、やはりはじめて見る人にとっては異様な光景が目の前に繰り広げられていきます。なにしろ男優たちは、上は上半身裸の上に黒のブラジャー。下はタイツ姿。男性スタッフはなんとなく見ないようにしているのがわかるし、逆に面白いのは女性スタッフは全く気にしていないこと。ブラジャーをつけている姿のほうが女性にとってはなじみがあるからなのでしょうかしら。
 それはさておき、1947年のパリ初演ではランバンが担当したという衣装。奥様の豪華絢爛な衣装を、私たちはなんとかリーズナブルなご予算でやっていただかねばならない。そういう意味でも原さんにかかる期待は大きいのです。
 年明けの打ち合わせで原さんはこの戯曲が上演された1950年あたりを予想してプランを開始されていたのですが、私はそれを1900年あたりにして欲しいとお願いしました。台詞に出てくる、電話、タクシー、ランバンという言葉が既に存在しており、かつ、ぎりぎり古い年代にしたかったのです。女中という存在が、封建的な香りのする年代にしたかった。
 さて、衣装のあがりがどうなるか期待しつつ、稽古場は舞台装置打ち合わせへと流れを変えます。
 装置打ち合わせは昨年12月にスタートしました。
 その際に私は美術装置の古川さんに爆弾発言をしたのです。「今回の舞台装置は○○ます」と。
 ごめんなさい。今回のセットのアイディアはあまりに突飛だし、ネタばれになってしまうので、この稽古場日誌では触れることができません。
 ただ、今日の打ち合わせでスタッフに配られた古川さんの装置図面に私は鳥肌が立ちました。この試みはそれくらい「挑戦」なのです。
 

  1月23日(月) 鼎談

 今日は、稽古終了後にパンフレットに載せるための鼎談。前回の「ヴァニティーズ」のパンフで池田成志氏がインタビュアーになっての鼎談が好評だったので、今回はそれの第二弾。今回のインタビュアーは古田新太くん。
 野田マップ公演中の古田は、今日が休演日ということで、ラジオ出演の合間を縫って稽古場に登場。成志さんはかなり下調べをしてきた内容のあるインタビュアーだったのに対して、古田は、どっちかというと行きあたりばったり、でも、トーク上手の古田らしく、面白くまとまった鼎談となった。前回のパンフを持っている人は、今回と読み比べてみると二人のインタビュアーの性格の違いなんかもわかって面白いと思います。
 その鼎談のなかで、逆に「古田は前回のヴァニティーズはどうだったの?」と聞いてみると、「面白かった。あの年の演劇公演の中で3本の指に入るんじゃないかと思う。面白いだけでなく、イイ芝居だった」というような答えが返ってきて、なんだかそれが嬉しく。明日からの稽古に力が入りそう。
 

  1月24日(火) 「待つ」という作業

 今日は大谷さんがドラマ収録のためにお休み。
 深沢さんと英介さんの二人のシーンの芝居を作っていく。深沢さんは「この数日間で自分の台詞をすべて覚える」と張り切っている。そうなのだ。三人芝居は台詞を覚えるだけでも相当たいへん。台本の解釈もだいたい整理がついたので、今日は、台詞を覚えるために繰り返し練習。こういう時、演出家としては、じっと役者の芝居ができあがっていくのを見守るしかない。舞台演出家の仕事として「待つ」という作業も大事。今日稽古の場面は、中盤のクライマックス。台本的にも大変面白いところだし、
細かいところは置いておいて、大筋的にはお二人とも芝居の流れやポイントを掴んでらっしゃるので、あまり心配はない。
 この二人だけのシーンは台本を通してほんの少しだけなので、稽古は早々と終了。稽古後、野田マップを観劇。昨日の鼎談のお礼がわりにと、古田と飲みに行く。とは言っても店を出るころには超酔っぱらいで、ご迷惑をかけにいっただけのような結末。しかもどうやら宇梶剛士氏にタクシーで送ってもらったみたい。宇梶やん。この日記を読んでないと思いますが、このページを借りて、お礼とお詫び申し上げます。うーん、酔っぱらって寝てしまう癖は直そう。ほんとに。
 

  1月25日(水) 配役発表!

 今日は、入れ替わりで篠井英介さんがお休み。
稽古のムードメーカーの篠井さんがいないと、どうも稽古が膠着状態になるきらいあり。お互いの意見などが食い違ったりしても、英介さんがいると「じゃあ、こうすればいいんじゃない?」「こういう考え方もあるわよ」「それもキュートね」とか華やかなトークで、みんながニコニコ納得していく。英介さんに比べ「人間力」がまだまだ未熟な私ではなかなかこうはいかない。しかも、奥様とソランジュのこのシーンが、私にとっては一番の難関で……。ん?
 と、ここまで書いて始めて気がついた。この「女中たち」まだどこにも配役を発表していないのではないかしらん? じゃじゃーん。では、この日記を借りて、配役を発表しまーす! 女中クレール……(ドラムロールを心の中で鳴らしてください)……ジャン! 篠井英介!(大拍手喝采!)続きまして、女中ソランジュ……(ドラムロール)……ジャン! 大谷亮介!(大拍手喝采!)そして奥様には……(ドラムロール)……ジャン! 深沢敦!(大拍手喝采!) 以上のメンバーでお送りいたします! 
と、この紹介の勢いで今日の日記は終わり。
 

  1月26日(木) 稽古さぼりました

「女中たち」のメンバーには申し訳ないのですが、今日は「BIGGEST BIZ」の札幌公演初日ということで、私は稽古をさぼり、札幌へ。
新千歳空港が悪天候のため1時間30分遅れで札幌へ到着。欠航した便もあったから、それでもラッキー。
「BIGGEST BIZ」の全国ツアー初日ということもあって、入念な場当たり。劇場の違いで、東京公演でやっていたことを地方によっては多少変更しなければならない現実に、いつもながら、悔し涙。東京公演の様子は是非DVDを買って見てね! とまた商魂たくましいフォロー。逆効果だっ!
 終演後、札幌演劇鑑賞会の人々と軽く乾杯。その後夜の町に繰り出す。酔っぱらってホテル到着後、虎視眈々と待ちかまえていたレイチェルこと松永玲子嬢に逮捕。松永玲子さんのポッドキャストに出演させられました。これって、どうやって聴けばいいかわからんのだけれど「マツナガ宅」へ行けば聴き方わかると思いますので、まあ調べて聴いてもらうもよし。酔っぱらっているのできっと内容のないトークなのだけれど、それに対する苦情はお断りします。
 

  1月27日(金) 東京帰還

 朝、飛行機にのって東京に戻り稽古場へ。北海道まで行っていたせいか、稽古場を数日間もあけていたような錯覚に陥る。
 昨日は役者の自主稽古だったので、その成果を見せてもらう。ちょうど3人とも出るシーン。うーん、良い。良いカンジになってきた。なにしろ共同演出なので、こうやって、自分がいない間にできているっていうのは不思議な感覚。そして、そうやってできたものは、より客観的に見ることができるので、それはそれでお得。
 客観的に見て思うことは、台詞の内容は難しいけれど、こうして立体的な生身の人間が作る芝居になっていくと、その難しさはあまり感じられないこと。これがわかるっていうのは本当に大きいです。主観の世界に没頭していると、調子の良いときは全速前進なんだけれど、調子が悪くなると悪循環になって「俺たちのやっていることは本当に面白いんだろうか」と疑心暗鬼になってしまう場合もある。
 そう言う意味では、有意義な自主稽古だった。ほんと。いや、稽古欠席の言い訳じゃなく、マジで。
 そして、深沢さんは予告どおり、すべてのシーンにおいて台本を完全に離すことに成功なさいました。祝。
 

  1月28日(土) 実寸稽古開始

 今日から、稽古場が変わり、なぜか東京グローブ座の地下へ。
 いわいる「実寸」のとれる稽古場で、いよいよ本格的にセットらしきものが組まれていく。今日の段階では、ばみりテープと、テーブルやベッド、椅子や花瓶などが並べられただけだけれども、今回の「正八角形」のセットの雰囲気がようやく体感できる状況に。
 こうなると俄然やる気が出てくる私。いやいや、今まで「やる気」がなかったわけでは決してないのですよ。ただ、今までは「それは実寸の稽古場に移ったら考えましょう」と先延ばしにしていたことが全部、その場で検証できるので、全力疾走がしやすくなるのです。あ、全力疾走と言っても、「思考の全力疾走」であって、本当に稽古場を走るわけではありません。そんなことをしたらきっと転んで怪我をしてしまう情けない私。
 さーて、今日の稽古は、いよいよクライマックス直前。奥様殺害に失敗した女中二人が、現実と仮想の狭間に入り込んでいく場面。いやー、女中役のお二人は「まだ台本が離せない」と嘆いていらっしゃるが、もう、今日の段階のお芝居で私は鳥肌が立ちました。すごい芝居になりそうです。これは。ええ。観劇というより、感劇できる芝居。それってすごいし、目指したいといつも思っているのですが、たった3人でそれを体感できる空間を作り出すことができそう。うーん、本番が楽しみになってきました。
 ちなみに、今日のスポーツ報知に、この秋の公演の記事が早々としかもデカデカと載った。まだ台本書いていないので、少し、あせる気持ちが出て、飲みに行かず直帰。でも結局、自宅でギター弾いて酒飲んで寝るだけでした。ありゃりゃ。
 

  1月29日(日) 神はディテールに宿る

 今日は篠井クレールと大谷ソランジュの徹底稽古。おおまかな全体像や、人物像が見えてきたので、ようやく細かい稽古に入っていく。
 冒頭のソランジュ演じるクレールのキャラクター(何を書いているのかわかりませんねえ。でも、そうなんですから仕方がない。ちなみにこの日誌、劇場での公演をご覧になった後でも読んでみてくださいまし。すごくわかりやすい日誌に早変わりします)がまだ定まっていないのだが、劇中劇からスタートするこの「女中たち」。劇中劇の解釈も相当難しいので、劇中劇が終わってから、つまり素のクレールとソランジュという二人の女中になったところから、細かくやることにする。
 神はディテールに宿る。
 やらなきゃいけないことが見えてきて、稽古場が、本番そっくりに飾られてくると、そのディテールが見えてくる。手の角度ひとつ間違えてもニュアンスが変わってくる。人の本音が変わってくる。視線ひとつずれても、腹の底にあるものの見え方が違う。そういうディテールを、全体像を把握しながら決めていく作業は、とても興奮する。上手くはまると、嬉しくなってアドレナリンがわき出すし、なかなかパズルが解けないと、それはそれでドーパミンが出る。稽古場って、そういう意味では体内製造の合
法ドラッグの工場みたい。そのうち麻薬取り締まり法も、稽古場を取り締まるようになるかも。まあ、嘘ですが。
 

  1月30日(月) 愛の手

 本日は、深沢あっちゃんの特訓です。
 大谷さんと英介さんのスケジュールもあって、稽古休みにしようか? というところを、深沢さんの一人特訓にしたのは他でもない。深沢さん演じる奥様は、最初の10分間、ほとんど一人でしゃべり続ける。時折、大谷ソランジュが合いの手を入れるくらいで、後はほんと「まるで一人芝居ね」と深沢さんがつぶやくのも無理はない。ほとんど一人芝居なのであれば一人でも稽古できる。という発想でのあっちゃん特訓です。
 ところで「合いの手」と変換しようとしたら、「愛の手」と誤変換した。そうか「合いの手」って「愛の手」だったんだ。と思うと、日常会話でもっと「相づちを打たなくては」と反省する私。ほんと日常生活での「合いの手」が少ないんですよね。僕って。いやいや、心の中では相づちを打っているんですが、口から出ないんです。なぜかっていうと……ま、いいかそんな話は。
 深沢さんに、細かく細かく、細かーく、やって欲しいことを言いまくる私。深沢さんは、「なるほど」「そうね」「あ、わかった」「いいね、それ」「やってみる」「わかるわー」「難しいけど、でも、そうね」と、私の一言一句に合いの手を入れていってくれる。その言葉のトーンと深沢さんの声のまろやかな響きでミーティングは潤う。うーん、やっぱり合いの手は愛の手だ。人と人との間は愛の手で繋がなくては。
 三人が合流したのは、夜から。三人に待ち受けていたのは、青井陽治先生からの翻訳手直し原稿。うわー、覚え直さなきゃ行けないところが満載。三人は悲鳴をあげながら、手直し箇所を確認していく。青井先生から添えられたFAXの一部をご紹介すると、「ご負担をおかけしますが、最終的には言葉が良くなることが、正しい、そして無理のない演技、演出のために効果を発揮することと信じています」うーむ。がんばろう。そしてがんばってください。「女優」のみなさま。
 そのチェックが終わるや、今日は、衣装の仮縫い。クレールが着る奥様の衣装が素敵。あまりに素敵なので大谷さんも着たがる。そして本当に着てみる。チャックが上がらない。深沢さんの毛皮のコートもゴージャス。そして案外、大谷さんの……おっと、これはまだ秘密。
 

  1月31日(火) ベガーズ・オペラ

 今日は稽古休み。それを利用して「ベガーズ・オペラ」観劇。大千秋楽だった。カーテンコールでの村井国夫さんの「舞台の上では誰が偉いとか偉くないなんて無い。みんな平等なんだっていうことを教えてくれた演出家ジョン・ケアードに感謝します」という挨拶に、思わず大粒の涙をこぼしてしまう。いい人だ村井さん。面識はないので、わかんないけど、あんな挨拶ができるっていうことは、芝居を愛している人に違いない。ジョン・ケアード氏に嫉妬を覚えながら、さとしの楽屋へ。「この芝居に出てくれてありがとう」と意味不明の挨拶をする私。さとしから制作こぼれ話を聞く。「劇場に入る前まではジョン・ケアードの言うことが誰もわからなかった。劇場に入ったら、ジョン・ケアードの天才ぶりがやっとわかった」うーん、なるほど。
 

  2月1日(水) 大谷さんがかっこいい

 なんだか朝から亮介さんが元気だ。WOWOWの番組のカメラが入っているのも手伝ってか、大谷さんのでかい声が、稽古前の稽古場に響きまくる。
 ……そして、稽古終了後、大谷亮介は、ばたんとベッドに倒れたまま動かなくなった。死んだようだ。
 いったい、稽古場で何があったのか?
 実は、今日は、大谷さん演じるソランジュのキャラクター改造を行った。キャラクターを改造するとどうなるか? もう、これは一挙一動すべて変更していかねばならない。大谷さんはそれを覚悟して、今日の稽古に望んでいた。演劇人・大谷さんがかっこいい。汗にまみれて、文字通り稽古場の床に身体を何度も倒し、コルセットで呼吸困難になり、はき慣れないハイヒールのための急性の鬱血症と戦い、「もう一度お願いします」「もう一度お願いします」「もう一度お願いします」と稽古場最年長の巨体が頭を下げる。いやいや頭が下がるのはこちらである。
 この改良によって、冒頭の場面は殺気だった退廃さで満ち充ちてくる。ジュネ的な香りがつーんと心の嗅覚を刺激する。
 何しろ、冒頭のたった15分間を6時間もの間小返し稽古。我々が小休止を取っている間も大谷さんは一人稽古をしている。大谷さんの事務所社長さんに聞けば、先日のドラマ打ち上げでも、片隅で「女中たち」の台本を読んでいたらしい。やりすぎだよ。大谷さん。でも、そんな大谷さんは素敵。
 稽古終了後、「アワハウス」の取材で中川晃教くんと一緒になる。大谷さんの汗の世界から、急にクールビューティーな世界へ連れて行かれる。大谷さんは50歳。中川くんは23歳。でも、俳優と演出家という関係は普遍。なんだか面白いなあ。と思う夜。
 

  2月2日(木) 10分

 今日は、昼間は、大谷さんのラストの長台詞。なにしろ一人で10分近くしゃべる。これは、役者にとっても、演出家にとっても恐怖の時間。だって、今の演劇を見慣れたお客様が、10分もの独白を聞いてくれるだろうか? 内容を理解してくれるだろうか。心情に共感してくれるだろうか? ていうか、この台詞、役者にとっても演出家にとっても謎の台詞なんだよねえ。大谷さんは、観客にわかりやすく、というよりも、自分が演技をつかむために、具体的な動作をなるだけ取り入れ、電話機や、鏡台や、ベッドなどを有効的に使って芝居を作っていく。だけど、あと一歩。あと一歩何かが足らない。すこし提案してみる。「もう、開き直っちゃって、全く動かないっていう手もありますよね?」なんでも取り入れるモードの大谷さんは「なるほど」とその案を実行してみる。あ。あ。あ。良い。良いぞ。そのほうがソランジュの内面が浮き上がってくる。止まっているのに逆に絵が見えてくる。「大谷さん、いいですよ。もっと、もっと」とこっちも興奮してくる。あ。あ。あ。謎が解けたっ! この長台詞の間、英介クレールは、何をしていたら良いのか? 全く謎だったんだけど、解けたっ! うわーっ、これはすげえ。篠井クレールが、大谷ソランジュの長い台詞の間、何をするのか? 台本には一切書かれていない。指定がない。台本だけを渡された現代の俳優や演出家へ投げかけられたジュネからの謎。それが解けました。それは……ほんとすみません、ここで書くと超ネタバレなので、書けません。しかし、この動作を見たお客様は、きっと鳥肌ものでしょう。たぶん、世界初の演出じゃないかな。これは。そして、これこそが、作家ジュネさえも書けなかったト書きを補完するものに間違いないっ! いやあ、興奮した。
 で、なにげに、今日は初通し。照明の高見さんが見に来る。初通しと言っても、そろそろスタッフに全体の流れを見せておかねば。という意味あいが強く。後半のクライマックスあたりは、まだ役者は台本を手に持っての通し。だけど、見えてきた。いよいよ明日から、クライマックス部の稽古。怖いけど、楽しみな明日。
 

  2月3日(金) とても素敵な3時間

 本日は、大谷さんがドラマ収録のため、稽古は18時から。篠井さんが15時から自主稽古をされていたのだが、私は、締め切りを抱えすぎていて、少々失礼して、別作業。
 というわけで、今日の稽古は3時間だけ。だが、とても素敵な3時間だった。一番の難所、奥様が出かけて、取り残された女中たちがどんどん狂気にはまっていくところ。英介さんも亮介さんも、「この部分の台詞が全然覚えられない」と嘆いている箇所。それもそのはず、台詞のひとつひとつが難解。でも、台本を黙読している時は、なぜか心臓がばくばく言うほど目眩した箇所。なにしろ狂気だから、狂ってるんだから仕方ないよ。と解釈すれば、どうにでもなる箇所。でも、私は、ここを、もっとも観客の共感を呼ぶ箇所にしたかった。
 稽古場ってホント奇跡を作る場所だと思う。今回の芝居は、稽古場が作った。篠井さんが新プランを持ち込んできてくれて、それを元に大谷さんをそそのかして、大胆な演技プラン変更。さらに、そこに狂気ではなく、人間の等身大の思いを詰め込んでみたら……いやあ、鳥肌ものでした。女中たちの追いつめられた思いが、ぐさりぐさりと心に突き刺さってきて……泣けるのだ。泣けるんですよ。あの「女中たち」で。すげえ。英介さんも亮介さんもすげえ。これだからやっぱ、稽古場通いはやめられねえ。と実感する今夜。
 

  2月4日(土) グローブ座地下にて

 今の稽古場はなぜかグローブ座の地下の稽古場。そして、そのグローブ座では「レインマン」が初日を開けた。
 「女中たち」と「レインマン」は衣装さんと音響さんが同じスタッフ。「レインマン」の舞台稽古の合間に、こちらの稽古場へ顔を出してもらう。というような日々が最近続いていた。あと、「レインマン」は、舞台監督が「ダブリンの鐘つきカビ人間」や「ガマ王子VSザリガニ魔神」の二瓶さん。
 出演の方々とは面識がない私も、なにか「レインマン」には情がうつるのであった。
 そして、今夜、新大久保の町に繰りだそうと稽古場を出た瞬間、ジャージ姿の橋爪功さんが目の前を通るではないか! 橋爪さんは、篠井英介さんを発見して、「いやあ久しぶり」と声をかけられる。続いて現れた椎名桔平さんとも旧交を温める英介さん。そうなのだ、グローブ座の楽屋から駐車場への通り道の途中に我が稽古場はあったのである。駐車場へと姿を消した二人の俳優。そして、新大久保の繁華街へと姿を消した私たち。
 

  2月5日(日) 英国からのお客様

 私は稽古中にたくさんの水を飲む。毎日1リットルは確実で、2リットル近く飲む時もある。それも健康のために頑張って飲むのではなく、のどが渇いて乾いて仕方がないから飲むのだ。毎夜のアルコールで、水分不足になっているのもあるだろうが、稽古で興奮した頭を冷ますラジエーターの水のようでもある。そんな私に水を供給してくれたのが深沢さん。稽古場に水を18リットル差し入れてくれました。ありがとう。
 しかも、この水が素敵。ペットボトルではなくて、1リットルずつビニールの袋に入っていて、それをそのまま専用容器に入れて飲む。ビニールの袋だから、場所をとらない。「これ、いいなあ。家でもこれで飲みたい」という私に、深沢さんは、ネットで申し込めば、明日にも持ってきてくれるよ。と教えてくれた。この水のことを知りたい人は、深沢さんまでお問い合わせください。
 その深沢さんの部分を今日は久しぶりに稽古した。ずっとソランジュ大谷とクレール英介の特訓稽古が続いていたから。久しぶりの稽古に、少しとまどいの深沢さん。
「入りにくかった台詞が全部入ったのに、今度はなんてことない台詞が出てこない」と嘆いてらっしゃる。嘆く深沢さんも可愛いのだ。今日は、稽古場に篠井さんのお友達で英国からいらっしゃった夫婦が見学で来ている。深沢さんともお知り合いみたいで、その英国からのお客様がとても面白いと言ってくだすったので、嘆いていた深沢さんも上機嫌。よかったよかった。
 

  2月6日(月) 初のリピーター?

 今日は二度目の通し稽古。なんと、昨日いらっしゃっていた英国夫婦が「昨日の稽古がとてもおもしろくて、どうしても通し稽古も見たくなった」とまた来てくださっている。英国に帰らねばならないため、本番はご覧になれないのだそう。初日を開ける前のリピーターの登場に、なんとなく稽古場も和む。先週の通し稽古より、ぐっと形が見えてきた。
 稽古後、英国夫婦と会食。英介さんにご招待されて、大谷さん、深沢さん、私もご一緒する。考えてみれば、稽古スタート以来、終演後の酒の席に役者三人と私の四人が揃ったのが今夜が始めて。
 英国からのお客様は、以前、本場でミュージカルの俳優もつとめていたことがあるらしく、舞台については造詣が深い。その方に「とてもエキサイティングで、チャーミングだった。日本語がわからないのに、こんなに楽しめた。ロンドンでも公演をやるべきだ」と褒められ、笑顔満面の私たち。
 

  2月7日(火) スタッフ打ち合わせにて

 三度目の通し稽古を終えて、スタッフ打ち合わせ。照明と音響のプランナーの皆々様に今回の舞台の考え方をご説明していく。僕は自分が上手いか上手くないのかは別として演出家は「コンセプトを語る」のが一番重要だと思っている。演出家とは英語でディレクターであり、語源は「方向」だ。「あっちだよ」と指さすことができたら、演出家として一人前なのだと思う。で、今日の打ち合わせで明確なコンセプトを打ち出せたかというと、うーん、自分に合格点はあげられない。まだまだ未熟さを感じる
私。言葉にできぬ思いを補完するために、スタッフを居酒屋に誘う。音響の井上さんに「こんなにわかりやすい『女中たち』初めてだ」と評される。だが、井上さんは「でも……」と口ごもる。「なんすか? その『でも』って」井上さんは笑って答えない。それは演出家が考えなさいということか。ていうか、自分でもおぼろげながらわかってる。あと、一歩。あと、ひと味。完成までには、もう一苦労しなければならないだろう。
 結局、この日は、超陽気な酔っぱらいと化した井上さんと朝まで飲み明かしてしまった。気がつけば、照明の高見さんとは、「女中たち」について深く話せずじまい。でも、まあ、まだ飲むチャンスはある。ね、高見さん。
 

  2月8日(水) さいたまさいたま

 稽古休み。昼間、「間違いの喜劇」を見に行く。彩の国初体験である。なかなか良い劇場だったが、さいたまが「彩の国」というのは、さいたまの「希望」もしくは「熱望」なのだな。と思った。町に彩りは少ない。「女中たち」稽古中の私としては、同じく男優が女性を演じるこの演目を見るのは必須だ。いやいや、「女優」陣がみんな熱演だった。内田滋も、どちらかというと良い意味でも悪い意味でも器用とは言えない男なのだが、小気味よく女を演じていて、しかも、おいおい、ちゃあんと客席の笑いをかっさらっているじゃないか。親代わりの私は涙ぐむしかなかった。(親代わりは嘘ですけど)
 小栗旬と、高橋洋が二役をさらりと好演。終演後、客席に八十田を見つけて、一緒に楽屋へ。小栗君が八十田を見つけて「あ、木太郎さんだ」と笑う。あどけなさの残る笑顔が憎めない。
 終演後、駅前の居酒屋「さくら草」へ。滋に誘われて、鶴見辰吾さんらが集う席にご一緒させていただく。お店のお母さんが「滋さんには毎日来ていただいて」と笑顔。
うーん、酒豪・内田滋は健在だ。「キャンディーズ」の時も毎晩だったねえ。さいたまでご観劇の折りは、この「さくら草」お勧めですよ。安いし、おふくろの味な料理がいっぱい。なにより、店のお母さんやご主人の対応があったかい。彩はなかったが、人情はたっぷりのさいたまの夜でした。
 

  2月9日(木) 舞台ビジュアル

 稽古場に花が来た。台本の最初のト書きに、たくさんの花とある。「この花で私のお葬式でもするつもり?」というような台詞もたくさんある。稽古前の美術打ち合わせでは、「花はト書き通りに『たくさん』置きたいですねえ」くらいだった私は、実寸の稽古場に入るとがぜん、花について指定した。花瓶が9個。花台は6個。その理由は、本番の舞台をご覧になれば「なるほど」と思っていただけると思う。ヒントは「正八角形」
 一昨日までは、過去の舞台で使った造花たちをスタッフがかき集めて、それらしく飾ってくれていた。それでもけっこう満足して稽古していたのだが、本番用の造花を桜井さんがてきぱきと飾ってくれた後では、「もう前の花には戻れない」と思っちゃう。いやあ、文字通り華やか。今回の舞台ビジュアルの3本柱は、衣装、花、そして○○。(3つめは秘密)
 その衣装も稽古終了後にやってきた。いやあ、素敵だ。「虐げられた女中なのだから、もっと質素にしたら?」とか「書かれた年代は1950年なのだから」というような意見を頑固にも退け、「1900年頃のHっぽい衣装」を原さんにお願いし、原さんも素敵に応えてくれた。今回、チラシにあるビジュアルは、「女中たち」というよりも「奥様たち」なのであるが、今日あがった衣装を見るとちゃんと「女中たち」であり、かつ、あのチラシの怪しげなめくるめく感がある。
 二大ビジュアルについては、もう、大満足な私。三つめは、明後日、工場でテストがあるという。稽古中なので見に行けない。舞台監督の青木さんにビデオでの撮影をお願いする。そう、制止画ではなく、動画が必要なのだ。
 

  2月10日(金) ピンチ?

 この時期になって不思議な現象が起きてきた。あまりの膨大な台詞に、時おりしどろもどろになりながらの稽古が続いていたのだが、さすがに本番直前とあって、台詞が入ってきた俳優陣。見事に詩的な台詞をとても流暢に発声しはじめて心地よい。ところがね、それに比例して最近、数日前から何か芝居に迫力が無くなってきているのだ。え? この後に及んでピンチの香り? 退廃と緊張と腐敗と幸福への切望が命のこの舞台、なのに、なにかホームドラマムード。それはいかんじゃないの? と、よくよく聞いてみるば、どうやら台詞がすらすら言える安心感がそうさせるのだそうな(大谷さん談)。んなばかな? じゃあ今までは台詞があまりに膨大でその辛さがにじみ出ていたというワケなのね? いやいやいや、台詞が入ったからと言って嬉しくなって芝居しないでください。なんてジョークも飛び出す余裕が生まれてきた稽古場。
 ちなみに、例の秘密の動画が届く。みんなでビデオ鑑賞。「なるほど、そうすると、こうなるのね」「ああ、意外と○○んだねえ」「うわー、これは面白い」「素敵」「怖い」とわいわい言いながら舞台監督・青木さんの撮影してきたものを見る私たち。例によってトップシークレットの内容なので明かせませんが、このビデオを見て、かなり成功の確信を得ましたよ私は。はい。
 

  2月11日(土) 今度こそピンチ?

 昨日、英介さんに「G2さん、咳されてますけど、風邪には気をつけてくださいね」と何度も何度も言われたのに、あまりに自分の体調が良すぎて「大丈夫です。ご心配に及びません」と悠然としていたのに、今朝起きたら、すっかり風邪をひいていた。自分の体調の急変にもがっくり来てしまう私。ふらふら。やばい。熱は37度ちょっとの微熱だが、一瞬「稽古前半は自主稽古にしてもらおうか」と悩むほど体力を奪われている状態。だが、何しろ小返し稽古できるのは今日が最後。無理を押して稽古場へ。
 最後の大谷さんの一人長台詞を稽古。この芝居のキモの部分である。風邪マスクに、咳をこらえての指示しか出せないのだが、言葉少なな演出家に、俳優たちはちゃんと数倍もの返事を芝居で返してくれる。こういう瞬間って、「ああ、演出家って、素敵な仕事だなあ」と思えて幸せ。風邪も何のその、何しろ、稽古はあと一日。
 今日は、始めてカツラを載せての稽古。こういうとき大谷さんは「女」に豹変する。小道具とか衣装とかそういうものに「ノリ」易い体質なのだ。ちなみに、装置や照明、お客さんにも「ノリ」易いから、この人は本番に強い。もう、憎らしいほど強いのだ。だから、期待してます。大谷さん。
 

  2月12日(日) 最後の稽古

 昨日、大谷さんや英介さんにスタミナドリンク的なものをいっぱいもらって、熱はあるのにそんなに辛くない。という不思議な風邪状態で、最後の稽古。
 今日は、通し稽古を一回やるだけ。いやー、いい通し稽古だった。だって、演出助手の玲ちゃんが涙流してたよ。毎日見てるのに。これは本当、はやく本番を開けたくなってきた。そんなG2からの強気発言。えー、今までどこかで一度は「女中たち」を見たことのある皆様。昔見たものはすべてお忘れ下さい。そして新たな気持ちで私たちの「女中たち」を見てください。全然、面白いですから。そして、ジュネが何を書きたかったのかが、よおくお分かりになると思います。えー、「女中たち」を読んだ
ことはあるが……あれは難しくて……とお思いの皆様。全然、そんなことはありません。「女中たち」は泣き笑いサスペンス、お色気、全部つまったエンターテインメント性あふれる作品です。ご覧頂ければわかります。ぜひご来場ください。
 そして、「女中たち」って何? と、なあんにもご存じない皆様。はい、そのままの状態で劇場へお越しください。普通にすんごく楽しめます。そして、お芝居の根源的な面白さにも触れていただくことができます。
 今回、「女中たち」という大変な作品に取り組み、今、演劇というメディアの深さに感動しています。やっぱ自分はこのメディアが好きなんだなあと実感します。そして、役者の息づかいが、見る者の心のひだにまで刺さり込むこのお芝居に出会えて、本当に良かったという実感に包まれています。至福です。
 そして、稽古場日誌も、稽古場終了の今日でおしまい。長い間、ご愛読ありがとうございました。
 


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